粒子線治療の基礎研究
RARIS応用核物理学研究部について
粒子線治療とは、X線に比べて物理学的・生物学的に優れた特性を持つイオンビーム(荷電粒子ビーム)を用いた放射線がん治療です。粒子ビームのエネルギーを制御することで、ブラックピークと呼ばれる粒子線の最大線量域をがんに一致させることが可能です(図1a&b参照)。以下に当研究室の主要な研究装置を紹介します。
図1a がんへの線量集中が可能な粒子線治療。(CT画像提供:CYRIC核医学研究部)
図1b 粒子線によるがん細胞を殺傷するイメージ(アニメーション:井上寛裕氏 医工学研究科 寺川研2017年修了)
CYRICの大型サイクロトロン施設
RARISの大型サイクロトロン(K110 AVFサイクロトロン)は多目的利用の加速器として建設され,陽子で90MeV(水中の最大飛程は約6cm),α粒子で110MeV,軽い重粒子で核子当り27.5MeVまで加速することが可能です.我々の粒子線治療実験では,通常,80MeV陽子線を用いていますが、人のがん治療に対してエネルギーが不足するため,小型動物実験による先端的な粒子線治療技術,新治療法等の研究に特化した実験を行っています。
図2 住友重機(株)製の930型AVFサイクロトロン加速器
基礎研究用の粒子線治療システム
サイクロトロンからのビームは,ビーム輸送系によって実験室まで輸送されます。この施設は,サイクロトロン本体室とビーム分配するための電磁石室の他に実験室は5つあります。実験目的に応じた実験装置が各々の実験室に配置されています。粒子線治療の実験は,第5ターゲット室(図3の手前の実験室)で行われます.この実験室には,以下で説明する水平照射装置と回転ガントリー型照射装置が設置されています。
図3 RARIS大型サイクロトロンビーム輸送系
水平粒子線照射装置
図4に水平照射装置*の写真および概要図を示します。本照射システムでは,水平・垂直ビーム偏向用の積層珪素鋼コア型の電磁石が用いられており,10Hzの交流磁場を発生させます.90 MeVの陽子線に対して約4cm下流の標的位置で約10cmの平坦な照射野を形成できます.電磁石電源は,プログラム制御によるビームスキャニング法とビームを自動円形走査するワブラー法が選択可能な設計です。マウス、ラット等の小動物を用いた陽子線治療の基礎研究を想定し、ワブラー法では、エネルギー変調フィルター(リッジフィルター)を用いて、5 ~ 25 mm幅の拡大ブラックピーク(Spread-out Bragg peak)が形成されます(図5)。
* A. Terakawa et al., the proceedings of the 16th Pacific Basin Nuclear Conference (16PBNC), Aomori, Japan, Oct. 13-18, 2008
図5 各種拡大ブラックピーク。小動物実験用に5 mmから25 mmの幅の拡大ブラックピークを形成することができます。
図4 水平粒子線照射システム
回転ガントリー装置
本装置は,当初,ビーム照射角度回転装置(ビームスウィンガーシステム)として原子核物理学研究用に開発されました**。ビームスウィンガーのビーム出口に粒子線治療用ビーム形成装置を取り付けることにより、回転ガントリー照射システムとなります(図6)。.ビーム照射方向の角度は,-3 ~ 180°の範囲で設定でき、小動物を対象とした治療実験が可能です。
** A.Terakawa et al., Nuclear Instruments and Methods in Physics Research A 491 (2002) 419.
図6 回転ガントリー(ビームスウィンガー)装置
粒子線治療計画システム
粒子線治療では,体内に形成される3次元線量分布をシミュレーションして治療計画が立てられ治療が行われます.我々は,RARISにおける小型動物を用いた治療実験用の粒子線治療計画システムも治療装置と並行して開発しています.治療計画では,X線CT画像をもとに体内深部線量分布を評価しています.計算結果を検討して線量分布の最適化を行い,照射装置の各種パラメータが決定されます.
図7 陽子線照射の深部線量分布計算例 (イヌのX線CT画像提供:北里大学獣医学部獣医放射線学教室)
粒子線治療に関する研究紹介
マイクロパターンガス検出器を用いた2次元粒子線プロファイルモニターの開発
粒子線治療で用いられるスポットビームの位置・強度分布・照射量の実時間モニタリングのために、マイクロパターンガス検出器(MPGD)によるビームモニター装置を開発しています。イメージングプレート(IP)により取得されたビームプロファイルと同等のデータが得られています。
図8 MPGDを用いたビームモニター装置開発
抗がん剤を併用した陽子線治療(化学陽子線治療)に関する基礎研究
我々が開発した陽子線治療システムを用いて、担マウスによる抗がん剤等を併用した陽子線治療実験など、陽子線の増感効果に関する基礎研究を行っています。
図9 化学陽子線治療の各種治療群
図10 各種単回治療群の腫瘍増殖遅延データ(A.Terakawa et al., X-Ray Spectrom. 40 (2011) 198より)
ポリマーゲル線量計を用いた3次元陽子線線量分布評価
近年、陽子線治療においても、腫瘍の3次元形状に一致した高線量域の形成を可能にする高精度照射が普及してきており、3次元(3D)線量分布評価の必要性が高まっています。我々の研究室でも、3Dポリマーゲル線量計の研究に着手し、2018年の3Dゲル線量計研究会(金沢大学)で実験結果発表とともに当研究施設の紹介を行いました。今後、ゲル線量計の研究を推進していきます。
図11 陽子線対向2門照射したポリマーゲル及び深部線量分布評価
図11b 拡大ブラックピークの陽子線照射によるポリマーゲルの白
陽子線CTに関する基礎研究
粒子線治療の治療計画(体内の線量分布計算)は、現在、X線CT画像を用いて行われていますが、CT値―水等価厚変換に伴う粒子線の飛程誤差が生じます。治療計画精度の向上のために、生体を模擬する様々な物質に対して、陽子線CTとX線CTから得られる水等価厚を比較し、飛程誤差の評価を行っています(図12)。
図12 陽子線CT実験装置とPMMAファントムの陽子線CT画像