反物質が消えた世界
我々の宇宙はどのようなところなのでしょうか。現在の素粒子理論の標準モデルでは未だ宇宙創成のメカニズムについていくつか説明ができない点があります。例えば天文学的な観測から、暗黒物質と呼ばれる質量は持つが光学的に直接観測できない未知の物質の存在が示唆されています。また、宇宙は138億年前にビックバンにより同数の粒子と反粒子がつい生成されたと考えられていますが、現在なぜ反物質がほとんど宇宙に存在しないかについて未だ解明されていません。
基本対称性の破れの検証
これらの問題に対して、我々は基本対称性を検証することで近づこうとしています。基本対称性は「荷電変換(C)」、「時間反転(T)」、「鏡像反転(P)」の3つとその組み合わせの変換のことです。例えば我々の世界は鏡の中の世界とは物理法則が異なることが既に知られています(鏡像反転(P)対称性の破れ)。この基本対称性についてまだ我々が知らない大きさの破れがないか、様々なエネルギースケールの検証が続けられています。もし標準模型で予言されている大きさよりも大きな対称性の破れを観測できれば、その背景にある未知の素粒子にアプローチすることができます。同様に宇宙に物質が反物質よりもはるかに多いのはCP対称性の破れが関係していると考えられており、大きなCP対称性の破れを観測することでこの問題にも答えを見いだせるかもしれません。このように対称性の破れの検証は現在未解明の基礎物理の問題に対して解き明かす鍵になります。
電子双極子モーメント(EDM)測定による基本対称性の検証
時間反転対称性の破れの検証の例として,素粒子の永久電気双極子能率(EDM)があります。EDMは恒久的に存在する電化の偏りを表す物理量で、EDMの量子化軸がスピンの向きと一致するようなとき、時間が反転すると磁場は反転するのに対して電場は反転しないので時間反転の対称性を破るような相互作用を観測できることになります。電子のEDMはクオークのフレーバーが遷移する過程で生じることになるので高次効果として発現し、現在の実験技術では観測不可能なほど小さい値になるはずです。このように電子EDMは標準模型を超える物理の探索に敏感な観測量といえます。
不安定同位体を用いたEDM測定
対称性の破れの検証として我々はレーザー冷却原子を用いた精密量子計測を用いて研究を進めています。フランシウムのような重い原子は電子の永久電気双極子モーメント(EDM)やアナポールモーメントといった基本対称性の破れに関係する観測量を測るうえで高い感度があります。そこでCYRICのサイクロトロンを用いてフランシウムのような重イオンビームを生成し、レーザーを用いて閉じ込め冷却することで精密測定を行う準備を進めています。例えばEDMの場合、10のマイナス29乗の精度を目標にしています。